[文様の歴史]縄文土器に見る日本の文様の原点


[文様の歴史]縄文土器に見る日本の文様の原点


[文様の歴史]縄文土器に見る日本の文様の原点

日本には和紋、和柄と言われ、古くから親しまれている文様があります。
この和紋、青海波のように外国から伝わったものもあるのですが、日本オリジナル紋もあります。
では、一体いつ・どんな風に和紋が生まれたのか歴史を探ってみたいと思います。
まず、第一回目は縄文土器に見られる文様を調べてみました。

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縄文土器に見る文様の原点

以前Twitterでつぶやいたのですが、日本の文様(紋様)の起源を調べていました。
まずは縄文時代から!って事で縄文土器についての文献を読んでいたところ、縄文時代の中でも変化がありました。

「流行」なのか「進化」なのか「文化」と言うべきか・・・

シンプル機能性重視の縄文前期→装飾性に目覚めた中期→デザイン的になった後期と移り変わっています。
一度装飾が盛んになったのに、後期には排除されています。磨消文様と言って、一度描かれた文様を意図的に消している土器も多くあったようです。
※本記事で言う文様とは考案された図案としての文様を指します。縄や貝を押し付けて型を利用した模様は対象外とします。

実用性重視の前期

縄文時代と言っても「草創期、早期、前期、中期、後期、晩期」と分類することができます。どの分類のものでも「縄文土器」と呼びますが、縄を転がして文様をつけた、いわゆる「縄文」的特徴が見られるのは前期からです。
ですが、前期の土器の装飾はシンプルで、実用性を重視しているように感じられます。初めて作られた土器は、丸底、平底とされています。徐々に進化し、火が通りやすく尖底にしていたり、注ぎ口が作られています。
この時代は考案された文様というよりは、竹串でつけたようなラインや縄、貝殻の背を押し付けた「型」のような文様が多くみられます。縄で付けた文様は100以上のバリエーションがあるそうです。
縄文土器:千葉県幸田貝塚
意図的に描かれた文様としては下の図のような直線を組み合わせたものが見られました。
このようなラインによる文様もバリエーションは幾つもあるようです。半円の文様もありました。これが考案された文様の中ではかなり古いものだと思います。最古かどうかは不明。ですが、現代に伝えられる「日本伝統文様」ではないのが残念ですね。
縄文土器に描かれた文様

呪術的装飾が盛んだった中期

おそらく縄文土器と言えば下の写真のような土器を想像する人が多いと思います。これは中期に作られたもので、この頃の土器は装飾が全面に施されていました。
火焔土器
(写真はWikipediaより:帰属: Chris 73 / Wikimedia Commons)
縄を押し付けた文様はもちろん、渦巻きや蛇らしき動物を模した装飾が多くみられました。
これらの文様は魔除けのために施されたとされています。隙間から魔が侵入するのを防ぐために土器全面に装飾されています。

この中期では実用性より装飾性が勝っていると言えそうです。実際ここまで装飾装された土器は使いづらいに違いないのですが、料理にも使われていたみたいです。縄文時代全体を通して、中期が最も人口が多かったので、このような土器も多く出土しています。

渦巻き文様は「流水紋」の原点とする説もあるようです。
流水
ただ、アイヌ文様にも「モレウ」と呼ばれる渦巻きの文様があります。アイヌの渦文には「力」「パワー」という意味が込められているそうです。中期の土器が魔除け的装飾ならば、こちらのほうが近いのではないか・・と個人的には思います。
縄文時代の人がこの渦を「水」としたのか「風」としたのか「雲」としたのか「力」なのか分からない為、推測に過ぎませんが。

アイヌ文様:モレウ

スタイリッシュな後期

後期になると、関東、後に東北へと文明の中心が移動します。
この頃には、土器の製造・装飾にも変化が見られます。中期で過度に施されていた装飾が排除されています。取っ手があり、急須そっくりの土器があったり、文様も線が細く繊細です。巻貝を模した土器も出土しているのですが、写実的でそのクオリティーに驚きます。
日本の焼き物文化の原点とも言える「作品」のような土器が多数出土されています。
機会があれば是非拝見して下さい。

また、後期東北を中心に発見された土器にはアイヌ文様に似た、文様の土器が出土しています。
アイヌ文様には魔除けの意味もあるのですが、その文様はデザイン的で中期の文様とは大きく違います。

こちらは岩手県で出土した縄文晩期の壺。
公益財団法人 岩手県文化振興事業団 埋蔵文化財センターサイトより引用させて頂いています。

晩期 壺 曲田I遺跡(安代町)
なんだか日本の文様、デザインの原点はこのあたりに潜んでいる気がします。
晩期 注口土器

まとめ

  • 貝や縄の型を利用したものではなく、考案された文様としては、ラインの組み合わせが縄文初期に見られる。
  • 中期には渦巻きが多く登場。
  • 後期晩期にはアイヌ文様を思わせる、文様が見られる。土器自体も洗練されて、実用性と美しさを兼ね備えている。

シンプルと言えども、縄文初期以前から装飾が見られている事が分かりました。
縄文時代の人々は芸術的感性や美意識が高かったんですね。描かれた文様に意味が込められており、当時を知る手がかりになります。
結果的に、「日本の伝統文様」に直結するものは見当たりませんでしたが、アイヌ文様との繋がりを知ることができました。アイヌ文様も調べる価値がありそうです!

ちなみにnoteというSNSで縄文時代の生活に関するコラムを書きました。こちらは番外編という位置付けでゆるくやっています。縄文に興味を持って頂けたら合わせてどうぞ!

参考文献

今回の記事をまとめるにあたり、参考にした書籍はこちら。ライトに概要を掻い摘んで知りたい人は「縄文美術館」があれば十分だと思います。分かり易く、フルカラー。土器以外にも土偶や装飾品の写真も多数掲載。





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