以前記事にした「赤色の歴史・染料・価値観について – 日本の伝統色を探る -」に続き、今回は「黒色」の歴史を探ってみたいと思います。
古代から人々は火を燃やして暖をとり、食べ物を煮たり焼いたりして生活していました。住居の中で火の使用を繰り返すうちに煤がたまってきます。人々はそれを集める事により墨を得ることができたのです。この頃の人々にとっては「赤」と「黒」は隣り合わせ、最も縁のある色だったのかもしれません。
黒色の原点を探る
身を守る為の黒-入墨-
「赤色の歴史・染料・価値観について – 日本の伝統色を探る -」で倭人は体に朱を塗っていたと書きましたが、男性は入墨をしていたようです。三世紀頃の様子を記した魏志倭人伝には「男子は大小と無く、皆黥面(げいめん)文身(ぶんしん)す」とあります。
漁師は海に潜った際、その体の入墨で大きな魚や水鳥の襲撃から身を守っていたようで、それが後に装飾的要素なりました。赤と同じく、お守り・おまじない的な意味があったようです。
海の男+入墨は海外のイメージがあったのですが、日本においてもこのような文化があったのですね。
この入墨の文化は不思議なもので、奈良時代には衰退しており、下級の者や罪人に科されるものとなりました。 黥刑(げいけい)=入墨の刑として一見して分かる場所に文字を刻まれたそうです。例外的にアイヌ民族においては長く入墨文化が残りました。
- 黥(げい)・・・顔に施す入墨。黥面=顔に入墨を施した様子
- 文身(ぶんしん)・・・体に施す入墨。体に入墨を施した様子。文=模様。
この事から分かるのは、既に先史時代の人々は墨を通じて黒を生活に取り入れていたという事。
「黒」という色名が使われるようになったのは、飛鳥時代だと言われています。色名の由来は、明るい「明(あけ)」→「あか」、暗い「暗(くら)」→「くろ」または、涅色(くりいろ)→黒色の説があります。涅色とは川底の泥の様な土色の事です。
化粧としての黒-眉墨、お歯黒-
入墨がお守りから装飾的となったと上述しましたが、身を飾る黒として他にも「眉墨」、「お歯黒」があります。
奈良県の高松塚古墳には、三日月眉の化粧をした女性の姿が描かれています。眉墨には鉄分を含む黒土を使っていましたが、後に五倍子粉(ふしのこ)という染料を使用するようになりました。
わが国では平安時代、眉描きとともに歯黒めが流行。平安末期には殿上人のあいだでもおこなわれた。
(歴史に見る日本の色/中江克己著より)
このお歯黒の風習は、やがて公家や武士の間にも広まっていき、江戸時代には、身分にかかわらず既婚女性はすべておこなうようになった。
(日本人の愛した色/吉岡幸雄著より)
お歯黒は上記引用の通り平安時代に流行ったようですが、歴史としては魏志倭人伝の頃には既に存在していました。虫歯予防にもなったみたいです。
五行説の黒
古代中国では全てのものは木・火・土・金・水の5種類の元素で成立しているという思想が生まれました。これを五行説と言います。この五行には色も当てはめられており、青、赤、黄、白、黒が正色とされました。
五行 | 木 | 火 | 土 | 金 | 水 |
---|---|---|---|---|---|
五色 | 青(緑) | 赤 | 黄 | 白 | 黒 |
五方 | 東 | 南 | 中央 | 西 | 北 |
五時 | 春 | 夏 | 土用 | 秋 | 冬 |
五情 | 喜 | 楽 | 怨 | 怒 | 哀 |
五獣 | 青竜 | 朱雀 | 黄麟や黄竜 | 白虎 | 玄武 |
十二支 | 寅・卯 | 巳・午 | 辰・未・戌・丑 | 申・酉 | 亥・子 |
ちなみに紀元前四世紀頃古代ギリシャにおいても色彩論が登場します。
アリストテレスは「光と闇、白と黒の間から色が発生する」と考えており、プラトンは「混色して新しい色を作り出すことは神に対する冒涜行為」と残しています。
- アリストテレス・・・光と闇、白と黒の間から色が発生する
- プラトン・・・混色して新しい色を作り出すことは神に対する冒涜行為
各国の思想の違いが見られますね。ヨーロッパの色のルーツを探るのも面白そうですが、収集つかなくなりそうなので他に譲るとします。
色の三原色が確認されたのは十九世紀の半ばになります。
身分を表す黒
冠位十二階の制定
推古天皇11年(603年)、聖徳太子によって冠位十二階が制定されました。12の位階には、「位色(いしき)」と呼ばれる色があり、定められた色の冠とそれと同色の衣服を着用することとされました。採用された色は五行で正色とされる「赤、青、黄、白、黒」に紫を加えた6色です。
自分の身分に該当する色を当色(とうじき)といい、自分の身分以下の色は自由に着用する事ができました。しかし、上の色は禁色とされ、着用が許されませんでした。
黒は11、12番目に該当しており、最も低い階位です。
1 | 大徳 (だいとく) | 濃紫 |
2 | 小徳 (しょうとく) | 薄紫 |
3 | 大仁 (だいにん) | 濃青 |
4 | 小仁 (しょうにん) | 薄青 |
5 | 大礼 (だいらい) | 濃赤 |
6 | 小礼(しょうらい) | 薄赤 |
7 | 大信(だいしん) | 濃黄 |
8 | 小信(しょうしん) | 薄黄 |
9 | 大義 (だいぎ) | 濃白 |
10 | 小義(しょうぎ) | 薄白 |
11 | 大智(だいち) | 濃黒 |
12 | 小智 (しょうち) | 薄黒 |
※色はwikipedia冠位十二階から抽出
移り変わる位階制度
この位階制度ですが、実は都度改訂されています。聖徳太子の冠位十二階に始まり、天武十四年(685年)には四十八階まで増えました。四十八階では冠の色は全て黒となり、衣服のみ変化をつけています。
身分の低い者が着る黒、喪に服す黒
757年に 養老律令(ようろうりつりょう)において衣服例が制定されました。この制度によると橡(つるばみ)や涅(くり)は下人奴婢の色とされています。下人奴婢とはいわゆる奴隷階級の事です。
この辺り歴史の流れがややこしいですね。
冠位十二階→繰り返す改訂→冠位四十八階→・・・→大宝律令→ 養老律令と流れています。
養老律令は平安中期には衰退したようですが、平安時代には喪に服す時に鈍色を着用しています。黒は五行思想で冬、哀と対応していますし、そのような心情に見合う色とされていたのだと思います。
この時代の黒とは黒茶色に近い、くすみのある色でした。
- 黒橡色・・・どんぐりの実やタンニンで染めた黒色。
- 鈍色・・・喪服や凶服の色。一色を指していたわけではなく、「薄鈍」、「青鈍」など濃淡や色相に幅があった。源氏物語で、葵上が亡くなった時に光源氏が着用している。親しいものが亡くなった時ほど濃い鈍色を着用していたとされる。
- 涅色・・・くりいろ。川底に沈んだ泥土で着色する。
RGB | CMYK | |
---|---|---|
黒橡色 | R81 G78 B78 | C0 M0 Y0 K83 |
鈍色 | R102 G101 B101 | C0 M0 Y0 K75 |
涅色 | R100 G74 B27 | C0 M30 Y65 K75 |
※カラーコードはすぐわかる日本の伝統色/福田邦夫著から取らせて頂きました。
鎌倉時代の黒の美意識
武士が好んだ黒
鎌倉時代の武装を見ると、黒に対する意識が変わっているように思えます。「歴史に見る日本の伝統色:赤色編」で触れましたが、強さや権力を誇示する鎧を身につけていたのがこの時代です。その鎧の大部分に黒が使用されています。赤の記事で全身赤だった軍勢がいたと書きましたが、全身黒の人もいました。
しかしこの時代の黒は黒でもどんぐりで染めたような黒ではありません。つやと光沢のある漆黒が好まれ愛用されました。この漆黒は漆によって表現されています。漆塗り自体は随分古くからあったのですが、肌が荒れるので普及してなかったのかも。
水墨画の黒-墨は五彩あり-
中国の画家殷仲容(いんちゅうよう)は「墨に五彩あり」と残しました。これは墨の中にあらゆる色を見ることができるという意味です。
墨が日本にもたらされたのは7世紀頃と言われています。推古天皇の頃、つまり飛鳥時代になります。ただ正確な時期については諸説あり、もっと早く伝来していたとも言われているそうです。その後、中国によって紙が発明されたのですが、この紙の発明が素晴らしくて、墨の美しさを際立てたのがうかがえます。水墨画を見ていると、「墨に五彩あり」の意味が分かる気がします。
日本に水墨画が伝わったのは鎌倉時代。室町時代の雪舟が有名な画家ですね。水墨画は墨しか使っていないのに、一色では無いような気がしてきます。濃い、薄い、掠れ、ぼかし、線の強弱などの表現により、私たちは多くの色を想像する事ができます。
墨は中国産と国産では若干色に違いがあるようです。唐墨、和墨と呼ばれ唐墨は青みがあり、和墨は茶みがあるのが特徴。

鳥獣人物戯画。平安時代末期~鎌倉時代初期に描かれたとされる。擬人化されたうさぎや蛙が登場し、日本最古の漫画と言われています。
江戸時代に生まれた黒
江戸時代に新たに加わった黒として「憲法黒」、「檳榔子黒」、「濡色」などがあります。
檳榔子(びんろうじ)という果実は奈良時代に中国から薬用として輸入されていましたが、江戸時代末期に黒の染料として使用されるようになりました。憲法黒によって染められた黒は上流の人々の粋な色として着用されるようになりました。小紋柄を憲法黒で染出したものを憲法小紋と呼びます。
また、檳榔子の場合は、生地が硬くなる事から切りつけても刀が通りにくいとされ、武士のフォーマルウェアとして使用されました。
- 憲法黒・・・吉岡憲法創案の黒茶色の染色名
- 檳榔子黒・・・上等な黒の染色の色名
- 濡色・濡烏色・・・黒い烏が雨に濡れるとさぞかし真っ黒に見えるだろうということで「濡烏」と呼ばれるようになった。
- 藍墨茶(あいすみちゃ)・・・藍の色合いを含んだ黒色の染色の色名
※色の説明はすぐわかる日本の伝統色/福田邦夫著から抜粋させていただきました。
RGB | CMYK | |
---|---|---|
憲法黒 | R89 G78 B39 | C0 M20 Y50 K80 |
檳榔子黒 | R4 G0 B0 | C90 M100 Y94 K80 |
濡色・濡烏色 | R41 G49 B58 | C96 M100 Y90 K0 |
藍墨茶 | R24 G54 B77 | C100 M94 Y70 K0 |
黒系伝統色のカラーコード
最後に黒系伝統色のカラーコードを紹介しておきます。
- 墨を用いたWEBサイトについてまとめました。合わせてどうぞ墨の質感を取り入れた和サイト10選
RGB | CMYK | |
---|---|---|
漆黒 | R0 G0 B14 | C50 M50 Y0 K100 |
檳榔子黒 | R4 G0 B0 | C90 M100 Y94 K80 |
濡色・濡烏色 | R41 G49 B58 | C96 M100 Y90 K0 |
墨染 | R62 G77 B73 | C30 M0 Y20 K80 |
黒橡色 | R81 G78 B78 | C0 M0 Y0 K83 |
鈍色 | R102 G101 B101 | C0 M0 Y0 K75 |
憲法黒 | R89 G78 B39 | C0 M20 Y50 K80 |
藍墨茶 | R24 G54 B77 | C100 M94 Y70 K0 |
涅色 | R100 G74 B27 | C0 M30 Y65 K75 |
空五倍子色 | R136 G126 B95 | C10 M15 Y40 K55 |
灰色 | R119 G118 B118 | C0 M0 Y0 K68 |
鉛色 | R122 G124 B125 | C3 M0 Y0 K65 |
素鼠 | R137 G137 B137 | C0 M0 Y0 K60 |
参考文献
- すぐわかる日本の伝統色
フルカラーでとても見やすいわかりやすいです。しかもCMYK,RGBのカラーコード付き!歴史背景に準えながら日本の伝統色を知りたい人におすすめです。
- 歴史にみる「日本の色」
こちらは上記「すぐわかる~」より歴史背景を深く掘り下げています。カラーは巻中に数ページなので、色のイメージは補足資料が必要かも。色の歴史に興味がある人にはおすすめします。
- 日本人の愛した色 (新潮選書)
染織工房の職人さんが著者なので、染色技法について細かく記載しています。
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